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2008年5月12日 (月)

母の日

5月11日は母の日でした。

なぜかチャットモンチ―の「親知らず」 を、何度もくり返し聴いて過ごしてました。まるで10代の女の子みたいな感性ですcatfaceshine



この曲は歌詞をよーく聴いてると、結構、想いに慕ってしまうような切ない詩です。

「写真の中の2人の目が、とても強いから、私がここにいる意味、分かった気がしたんだよ」って歌詞の意味、とっても深いと思います。

「大丈夫、家族写真はこれからも、和やかに、色褪せず、独りで暮らす部屋の中、光を放っていくのです」ってとこで、毎回泣きたくなります。

特に「あなたの子でよかった」って、
私が最後まで母に言えなかった言葉が、
さりげなく歌詞に入れられてます。

そこが一番、私は好きです。


母の日って毎年来る度に、どうしても母の事を想わずにはいられません。

私の事を、この世界の中で一番心配してくれてた存在の母。
でも何の親孝行も、お礼の言葉も、感謝の気持すらも、満足に伝えられなかった私。


いつかまとめて、今までの親孝行をしてあげようなんて、のんきに思ってました。

胃を全摘して、ずっと入院することになった母の病室に、私は母が大好きなお祭りの絵を何枚か描いて飾ってあげました。今の私に何が出来るかって考えても、私にはそれくらいしか思いつかなかったのです。


やがて、起きあがる事も出来なくなった母は、私にある絵を描いて欲しいって言いました。


母が一番大好きだった、やさしく、きれいな看護婦さんの絵です。

それが、私にとって母への最後の贈り物となりました。


P1010130





















実は、あまり本人に似てません。

どちらかと言うと、母の若い頃に似てます。

「母さんが子供の時って、よく友達の似顔絵を描いてあげてたの。
それを友達に贈って、友だちが喜ぶ顔見るのが、母さんとっても好きだったの」


って母は、この私が描いた絵を眺めながら言いました。

母が子供の頃の、楽しかった思い出、
自分の人生の最期に、それを私の絵で、
やりたかったのだと思います。

この絵は、母からその看護婦さんに渡されました。

その、約一週間後に母は意識をなくしました。

母の日が来る度、花屋さんの前に、
たくさん飾られたカーネンションを見ると、
やはり、まだ心が痛みます。

チャットモンチーの曲名の「親知らず」って言葉は、
ちょっと、ドキっとします。




例のイベントのお蔭で、少し風邪気味になってしまいましたcrying
売れ行き報告については次回書きましょうcoldsweats01


ありがとう~♪うれしいです☆★! ありがとう~♪うれしいです☆★! ありがとう~♪うれしいです☆★!

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コメント

私の母は、健在ですが時々実家に帰る度に、
小さく年老いていくのを感じます。
私が、この年齢になるのですから、それも当然なのですが、とても切なくなります。
本当は、お嫁に行っても近くにいて欲しそうだったし、
あんまり親孝行な娘ではないなと思います。
「親孝行したい時に親はいない。」とよく言いますが、
本当にそうなんですよね。

投稿 みにゃんこ | 2008年5月12日 (月) 07時54分

読んでいてポロポロ涙が出ましたweep
やまぷにさんのお母さんは、きっと今でもやまぷにさんの近くにいて やまぷにさんを見守っていると思いますよheart
だから今からでも遅くないsign01「あなたの子でよかった」って言ってあげてhappy01喜ぶよgood
私の母も最近、一緒にいると年を取ったなぁ~って思う・・・despair
看護婦さん嬉しかったと思うよ。私も患者さんから頂いた、手作りマスコットや子宝草を今でも大切にしているよhappy01

投稿 キラキラ | 2008年5月12日 (月) 21時21分

>みにゃんこさん

昔は大きく見えた自分の親が、だんだん小さく感じてくるのって切なくなりますね。
私なんかホントに親不孝で、親に負担と心配ばかりさせて、喜ぶような事は何一つしてあげられなかったように思います。今から思えば、頑張って自分を助けてくれた母をがっかりさせてばかりいた様に思います。
辛い後悔の気持は、忘れず、ずっと持ち続けていこうと思ってます。
やがて、自分が親になった時に、その気持が色んな意味で変わってくるかと思ってます。。

>キラキラさん

看護婦さんのキラキラさんに、そう思っていただけると、私はとっても嬉しいです。
亡くなるかも知れない患者さんから、お礼の何かをいただくと言うのって、もしかしたら看護婦さんにとっても、すごく重くて辛いことなのかもしれないかもって思ってました。
でも、キラキラさんが患者さんからもらったマスコットとかを、大切に持ってるって聞いて安心しました。
母は胃を取ってから八ヶ月も入院してて、その看護婦さんはその間じゅう、ずっと担当をしてくれてた人でした。
綺麗で、賢くって、母ととっても仲良くて、この看護婦さんのお蔭で、長い入院生活も頑張ってこれたのだと思います。
でも、最期の方で脳の出血があって、脳外科の方に移ってしまってので、担当の看護婦さんが変わってしまったんです。それからの母は、とても寂しそうでした。最後までその看護婦さんについててもらう事は出来なかったのかなって今思い出しても辛くなります。。
看護婦さんて、とても大変で辛いお仕事だと思います。でも、多くの人を励ます事のできる仕事って尊いなあって思ってます。

投稿 やまぷに | 2008年5月13日 (火) 17時50分

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