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2010年3月21日 (日)

ダンテライオン。

もう春かなって思うくらい暖かな連休ですね。

こちらに来てた父は、なんとか無事に金沢に着いたようです。

途中、箱根に寄って車を停めてる時に、大型トラックにサイドミラーを当て逃げされたようです。
それで、しばらくサイドミラーなしで走ってたそう・・・・

心配で気が気じゃありませんcoldsweats01

コンビニかどこかで手鏡を買って、それを割れたサイドミラーのところに着けて走ればって電話で教えたら、父さん本当にそうしたらしいです。

前は、こっちが心配してもらってたのが、いまではこちらが親を心配する立場です。
いつのまに逆転したんだろう。。。。

暖かくなった日差しの下、そろそろタンポポの花が咲き始める頃。
タンポポを想うと、どうしてもユーミンの「ダンデラ イオン」と言う曲を思い出します。

「ダンデラ イオン」遅咲きのタンポポという意味です。

この曲で一番好きなフレーズが

「ふるさとの両親が、寄越す手紙のような、ぎこちないぬくもりほど泣きたくなる」ってところ。

そこで本当に泣きたくなる。哀しい顔

この歌詞を思い出すときに、なぜかいつも思い浮かべるのは、私が金沢の田舎からこちら横浜に出てきたばかりの頃。
両親がはじめて田舎から出てきて私に会いに来た時に一緒に山下公園に行きました。

そのときの父親の格好が、まるで農作業をするような格好で、田舎から都会に出てきたばかりの私には、とても恥ずかしく感じたのを憶えてます。

山下公園の出店でソフトクリームを買って、両手に持って歩いてきて、
私の顔を見てニカッって笑ったお父さん。

めちゃくちゃぎこちないぬくもり・・

その時私は、ちょっと嫌な顔をしたように思う。

その頃の自分は、タイムマシンに乗って背中から蹴飛ばしたいくらいの、
ものすごい子供ちゃんでした。

田舎の母が病気になり、余命が半年と言われたとき。
父は、毎日病院に行っては母の散歩に付き合ってました。

自分の余命を知らなかった母は、病気を治すために運動を欠かしてはいけないと思い、
病院中の散歩を日課にしてたのです。それは一生懸命でした。

父も、母の肩をささえて、ずっと一緒にその悲しい散歩に付き合ってました。

でも、だんだん歩けなくなる母。

やがて父は車椅子を押して病院中を回る事にしました。

その姿は病院で、とても仲の良い夫婦として有名になりました。
やがて来る別れを知ってる者にとって、これほど悲しい評判はない。

車椅子を押す父の優しさや温もりは、とてもぎこちなかったです。

母がいなくなって、父は田舎で独りで暮らしてます。
姉夫婦が近くにいるから、今は幾分かは寂しくなくなったようです。

何年か前に帰った時、父は町のグランドボール(ゲートボールみたいなの)の集まりに参加してて、色んな友達が出来て楽しいって言ってました。

その日のスコアを、欠かさずちゃんと細かく記載してる父。
真夏なのに、ちゃんとネクタイを締めて、自転車で行く父。

私を安心させようとしてるのかな。

ちょっとぎこちないです。

ユーミンのダンデライオンを聞くと、ちょっぴり田舎の事を思い出します。


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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

素敵なお父様ですねhappy01
私には父が居ないので、優しいお父様、羨ましいですconfident

母ではありませんが、私にもガンに侵されてしまった知り合いが居ます。
知り合いといっても、以前働いていた職場で知り合った方です。
ご自身が辛くて不安であろう時も、働いている私にやさしく接して下さり、辞めてからもメールでやり取りを続けていました。

ですが最近メールした時に「脳に転移しちゃった・・・」とメールに書いてあり、私はメールの返事に困り、「ただただ、進行が進みませんように祈っております!!」・・・としか言えませんでした。。
それからメールの返事が無いのでその方を傷つけてしまったかも?!・・・ととても不安な毎日を過ごしておりますが、毎日病院に通われたお父様の優しさがとても素敵で、赤の他人である私が今その方にしてあげられることは無いのか、考えさせられます。。。

お母様に送られた絵も、とても素敵ですねshine

突然のコメント失礼致しました。
もし気に触りましたら、削除お願いいたします。


投稿: ナポリ | 2010年3月21日 (日) 23時50分

こんにちは。
ちょっと温かくって切ない気持になりました。
優しいお父様ですね。

小さい頃の心配をされる側が、いつの間にか逆転して、心配する側になる。。
私もそう。
(親はまだまだ私を心配していると思いますが(>_<))
自分を育ててくれた親を、改めて大切にしたいなと思いました。
どうもありがとうございました(^.^)

投稿: k | 2010年3月24日 (水) 08時51分

>ナポリさん

ありがとうございます。
とってもご無沙汰してしまいました。
ブログが職場の人に知れてしまいかけたので、アドレスを変えてしまったのです。

お知り合いの方に送ったメールの事で悩んでられるようですね。
でも、ナポリさんの返信メールは、決してその知り合いの方を傷つけるような言葉だとは思いません。
でも、返信のメールを送るよりも、すぐに行ってあげた方が良いように思いました。
そして、なにか楽しい思い出話でもしてあげたらいいかもしれないって感じました。


まだ私もガンになった人に対して掛けてあげる言葉というのがわかりません。
それはとても難しいです。
どんな励ましの言葉を言ったとしても、それがどうしても軽く感じられるような気がするのです。
言葉にすると、どうしてこんなに軽くなってしまうのだろう・・ってその頃は思いました。
だから薄々自分がガンだと気づいてて、悲痛な表情でベットで横になってる母に対して、私は何の言葉も思い浮かばなかったです。
ただ、黙って一緒に悲痛な顔をして、かえって母を不安にさせてたように思います。
なんとか母の気持ちを楽しくさせようと色々考え、母の好きなお祭りのビデオを撮ってきて流したり、お祭りの絵も何枚も描いたりして飾りました。
ちなみに、お祭りの絵を描いてくれってお願いしたのは父でした。

ただ、そんな母のそばに居るときに思ったのが、馬鹿な話だけど、真剣にお笑い芸人がうらやましいと思ったのです。どこかの映画でも同じような事を言ってましたけど。
先の見えない病気になって辛く落ち込んでいる人にとって、同情して一緒に落ち込むより、また根拠の無い励ましを無理して語るより、笑って楽しい気持ちにさせる事が救いになると思いました。
今までの楽しかった思い出とか、共通の知り合いの話とかを楽しく可笑しく話せる力が私にあったら、どんなに母の気持ちを救えたかなって、そのころ悲しいほどに思いました。

ナポリさんのメールは決してお知り合いの方を傷つけたとは思いません。
でも、「もしかしたら傷つけたかもしれない・・」って気持ちが一生涯残るような事態になっては絶対ダメです。
できれば、知り合いの所に行ってあげて欲しいです。
そして、楽しい話をしてあげて欲しいです。

それは、ものすごく難しい事です。
それがしてあげられる事の、精一杯だとおもいます。

もしかしたら、私のほうが気に触る事を言ってしまったかも知れません。
もし、そうだったらごめんなさい。

投稿: puni | 2010年3月25日 (木) 01時42分

>kさん

ありがとうございます。
この日記で伝えたかった事をkさんが感じてくれたことが、とっても嬉しいです。
子供の頃には感じなかった親の気持ち、当たり前のように思ってた親の愛情、それがだんだん判る様になって自分も大人になるような気がします。

でもそれは結構、切なかったりします。

自分の親を見てると、親って自分が大切にされることを実は望んでないような気がします。
いつまでもいくつになっても、子供を大切にしたいと思ってるものなのかもしれません。

この世界で唯一、いつまでも自分を守ってくれる存在。
いつまでも守られててはいけないのだけど、そういう気持ちを感じると、切なく温かい気持ちになります。

投稿: puni | 2010年3月25日 (木) 02時01分

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