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2011年4月 1日 (金)

チューリップの花いっぱい。

テレビで連日、被害に遭われた方々の事が報道されてます。

すべてが流されてしまった町に立ち尽くす人の
言いようの無い諦めを含んだような悲しげな表情。

こんな状況でも感謝と他人に対するねぎらいの言葉は
決して欠かさない被災者達。

私が驚いたのは、こんな悲惨な状況の中でも不満を訴える者は驚くほど少なく、
辛抱強く、それでいてお互い助け合い、自分の事より誰かを気遣う言葉、
そしてわずかな支援に対しても感謝の言葉ばかり聞かれます。

東北の人達は、みんな素朴で心の清い暖かい方々ばかりなのだな・・・
って強く思いました。

願わくば、この心の優しき人達が疲れ癒される暖かい寝床を、
暗さや寒さ、誰かを失った悲しさに耐えうる、明るい希望を・・・
と願わずにいられません。

忘れられない心に残るシーンがありました。

流されてしまって基礎だけが残った自分の家の跡に、
独りたたずんでる初老の男性。

自分の家族、姉と妹は津波に流されてしまったそう。。

テレビのリポーターの問いかけに、その男性は・・・


「うちの家の軒先にチューリップの球根を500個ほどつるしてあったんだ。

 もしかしたらこの辺り一面にチューリップの花がいっぱい咲いてるかなって、

 淡い期待をこめて来たんだがな・・・」


ちょっと冗談めかして語る男性。

リポーターも残酷な運命を強いられてるはずの被災者の
あまりの意外な言葉に
かける言葉も見つからないようでした。

被災者の言葉の数々は、聞くたびに胸が苦しくなります。

そのなかでもこの初老の男性の言葉の奥にある深い悲しみは、

特に強く印象に残ってます。


テレビの中で一面に広がる瓦礫の山と泥の中に、、

チューリップの花いっぱいに咲いてるところを想像したら、

なんか泣けてきました。

.

瓦礫の中は、美しい魂の花の名残でいっぱいです。

津波が襲ってくる時、身を犠牲にして、
周りにいる人を助けたという話、とてもよく聞きます。

自分の家族が亡くなったり行方不明だったり、

思い出の詰まった家が流されたり。

それでも悲しみをこらえて、自分の職務を粛々と全うされてる方もたくさんいます。

こんな状況の中でも、悲観的な言葉を吐き出す人はいなく、
語る言葉は一様に
「これから自分が頑張らなくては」という想いです。

被災者の言葉の一つ一つが、
私の心の中にある、弱く醜く打算的な部分に、
鋭く突き刺さります。

原発避難地域の検問所で、通過する車一台一台に近づき、
前足を乗せて、何かを探すように中を覗き込む犬がいるという記事がありました。

首輪をしてるから、きっと何処かの飼い犬で、
どうやら避難していなくなった、ご主人様を探しているらしいのです。

ご主人が居ない事がわかると、寂しそうに車から離れていくそうです。

飛んでいって、ごはんあげて、
頭なぜなぜしてあげたいです。

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